Aug 1, 2015

The world is round/世界はまるい 1



The world is round. Almost. With some cracks here and there.
世界はまるい。ほとんど。あちこちに裂け目があるけれど。

  ウィーンから電車で2時間半、ザルツブルグで行われていたパフォーミング・アート・フェスティバル『Sommerszene』を観に行ってきた。上記の言葉は、プログラムのひとつであった展覧会《Toward the other side of the world(世界の向こう側へ)》のプレスリリースの最後に書かれていた一節である。展覧会については後に改めて書くが、ここではこの展覧会と同時開催されていた松根充和の新作パフォーマンス《Dance, if you want to enter my country!(入国したければ、踊りなさい!)》について見てみたい。


 私たちはいつ自分たちをどこかの国に属している存在であると思うのだろうか? 外国で異なる文化に触れた時だろうか? あるいは、スポーツの国際試合で自国のチームを応援している時だろうか? 自分のことをどこかの国に属していると思っている/思っていないのどちらであるにせよ、私たちが正式にその国に属していることをはっきり証明するのはパスポートである。そして、その所属しているということを否応なく意識するのは、故国を出国し境界線を超える時である。

「Dance, if you want to enter my country!」とは、たまたまムスリム系の名前を持っていたがゆえに空港の入国審査で尋問され、その場で踊るように強要されたダンサーにまつわる逸話を指す。松根一人によって行われた1時間強のパフォーマンスは、松根がインターネット上でそのニュースを知り、それについて思いを巡らしていくことから生まれたものである。床には新聞、本、DVD、ノート、香水といったものが並べられており、これらのものが話の導入となってパフォーマンスが進められていく。後ろの壁には河原温のdate paintingを真似て、その事件が起こった日付を示す「Sep.7.2008」と、大きな男性の写真が一枚立てかけられていた。 
 パフォーマンスは、2008年に松根がこのニュースに出会ったところから始まる*1。世界でも有数のダンスカンパニーであり、アフリカ系アメリカ文化を素地にしたニューヨークのアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアター(Alvin Ailey American Dance Theater)のダンサーであるアブドゥル・ラヒーム・ジャクソンは、ダンス公演のためにベン・グリオン空港からイスラエルに入国をしようとするが、「アブドゥル・ラヒム」というムスリム系の名前であるがために、入国審査で止められてしまう。アメリカのパスポートを持っていたジャクソン本人はムスリムではなく、さらに同じくダンスカンパニーに所属していた妻はユダヤ教徒であるにもかかわらずだ(ちなみに、世界一警備が厳しいと言われているこの空港は、1972年に日本赤軍による乱射事件が起こった場所でもある)。
  ダンス公演のために入国したいというジャクソンに向かって、入国審査官はそれが本当であるか確かめるために、その場で踊るように求めたのである。それが 「入国したければ、踊りなさい!」である。そして「どんなダンス?」と尋ねるジャクソンに対して、審査官は「Just do anything!(なんでもいいから踊りなさい!)」と答えたという。この一見すると奇妙な入国審査での出来事は、松根にその場で起こった様々な可能性について思いを巡らさせることになる。
  今回のパフォーマンスにおいて、これらの情報を次々に発見していく松根の回想と空港でダンサーが強いられた状況は徐々に交じり合っていく。そして、ジャクソンが空港で踊ったかもしれない、黒人ダンサー達のためにアルヴィン・エイリーによって振り付けられたダンスを、松根が踊ることになるのである。筋肉がついてはいるものの細身の「日本人」の身体で、「Imagine(想像してください)」と言いながら、松根は黒人のダイナミックで鍛えられた身体を要するダンスを一人で一生懸命踊っていた。また、ジャクソンが実際に2度踊らされたという報道から、大きなメガネをかけてヒップポップには不釣り合いな松根の風貌でありながらも、その軽快なダンスをきわて真剣に踊るのである。なぜなら、このダンスが認められるか/認められないかで、入国できるか/できないかが決まるからである。




 ウィーン在住で、コンテンポラリーダンスのバックグラウンドを持つ松根は、身体とそれに物理的に関わってくる物事、あるいは何かの状況と人々の行動がいかに関係してくるかといったことをテーマにして幅広い活動をしてきている。パフォーマンスは続き、松根の現実の入国審査にまつわる話になる。
 昨年、松根は新たなパスポートを申請するときに、自分の眉毛を剃り、その剃った毛を口髭の形に糊付けして撮影した写真を提出したそうだ。(パフォーマンスの最初にウォーミングアップとして、「Imagine(想像してください)」と言って、松根の顔に眉毛がなくて口髭がある顔を想像するように促されたのだが、壁に立てかけられていた写真はよく見ると偽の口髭を付けた松根であったのだ。私には、すぐにそれが松根だと認識できなかった。) その奇妙な写真の付いた日本のパスポートは、今のところ誰にもその「正当性」を疑われることなく、難なく入国することができているという。
  松根のこのねじくれた行動は一体なんだろうか? たしかに、私たちの活動が監視・制御されている現在の社会において、私たちのアイデンティティーは外部から保証されるものでしかありえない。そのためパスポー ト用の写真には事細かな決まりごとがあるのであり、その写真のイメージが本人の同一性を担保するのである。現在は、写真だけでなく指紋や虹彩識別によってより一層厳格に同定する場合も増えてきているが、それでもなお自己申告制の写真が自身のアイデンティティーを保証するために重要であることは変わりない。松根のこの行動はそれへの奇妙な挑戦であるとも思えるが、一方でそのパスポートが証明する「日本」に帰属するということの持っている本質的な曖昧さのようなものを露呈させていると言えるのではないだろうか?
  日本のパスポートの強さ(=つまりビザなしで入国できる国数)は世界第4位だという記事を読んだことがあるが、それはつまり世界中のほとんどの国に今すぐ行こうと思えば行けるということを意味している。これは日本人にとっては当たり前のことのように聞こえるが、決して普通のことではない。そして、その強さゆえに、日本のパスポートはボーダーを超えるというドラマティックな問題を意識できないようになっているのである。
  一方で、そこにドラマが発生しているにせよ、してないにせよ、このシステムゆえに国境を超えることに困難を伴う人々が存在していることも事実である。パ フォーマンスに出てくる黒人文化や中東の話は、歴史的に民族や宗教といった複雑な歴史の中にいまなお存在しているのであり、その負の遺産は彼ら自身の一部 として否応無しに直面してくる。
 松根はパフォーマンスの前に「日本人」であることを自ら紹介していた。パスポートが保証するような「日本人」としての意識は、日常生活においては乏しいうえに、黒人文化や宗教的な対立からかけ離れており、それらの問題に対峙したときに積極的な立場をとりにくい。しかし、松根の行為とはむしろそれを逆手にとるようなものである。黒人の身体でもなくイスラム教にとってそれほど重要ではない、あいまいな「日本人」としての立場でそれらの問題を捉えることで、パフォーマンスでは境界に存在する多義的な側面を明るみにだされていた。それは、白黒つけられないからこそ見えてくるかもしれない、境界上の問題に向き合う一つの取り組みである。松根のパフォーマンスは、立場的に少し距離をおいた「日本人」という線引きをいったんした上で、それらの問題を「対立」として扱うのではなく、その問題をずらすことを試みたものである。
 しかし、奇妙な写真を使っているいま、パスポートで本人と保証をされずにジャクソンのように疑われた時にはどうなるのだろうか。 松根はどうやって自分自身であることを証明するのであろうか? いまのところ日本のパスポートは安全である(と、言われている)が、それがこの先の国際情 勢の変化の中でどう変わっていくかはわからない。そして、そのパスポートがどこまで保証してくれるかを真っ先に決めるのは「国」どうしの見えない大きな関 係であり、またその保証を確認する末端の入国審査官である。ジャクソンのようにパスポートによって保証されているにもかかわらず、その人の外的な要素で偏 見を持たれることだってあるのだ。私たちは否応なく他者によって常に識別され、区別され、時には差別されるのであり、それは極めて物理的な身体の周りで起 こっていることなのである。

  パフォーマンスの最後で松根は、自身と境界線の話をする。港町の神戸で生まれ育った松根にとって、日本とその「向こう側」とは船に乗って超える水平線の向 こう側のことである。日本というボーダーを超えるにはパスポートが必要であるが、遭遇することのない水平線を超えるためには、どんなことが必要であろう か? 松根のこのパフォーマンスは、「国」や「国境」「民族」といった問題を明るみに出しながらも、自身の想像と現実的な問題の両方において、その身体が 境界線を越えようとする時の創造的な状況へ導こうとするようなものであった。



*1:このパフォーマンスのもとである、当時かかれた松根によるエッセー「Dance! If you want to enter the country!」
http://www.michikazumatsune.info/works/danceif.htm




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パフォーマンス情報
《Dance, if you want to enter my country!》
日時:2015年7月2日、3日、4日
会場:Galerie 5020(ザルツブルク)
テキスト:松根充和
*展覧会《Towards the other side of the world》と同時開催
詳細:http://www.szene-salzburg.net/sommerszene-15/michikazu-matsune/
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